雄勝中の輪太鼓がKMF2011オープニングの幕を飾った!

3.11東日本大震災で壊滅的な被害を受けた雄勝中学校。校舎、体育館、また全生徒が家を失った。このような状況から立ち上がり、総合学習の時間に全校生徒が取り組んでいた和太鼓の代わりに、車の古いタイヤに荷造り用のビニールテープをはって手作りの「輪」太鼓を各自が製作し、復興太鼓として再開してから3ヶ月。
輪太鼓を叩きながら最初は怒りが沸き上がった。突然訪れた死と破壊に対する怒りを払った。次に家族も隣人も財産もみんな流された哀しみに、その哀しみがなくなるまでに太鼓を叩き続けた。太鼓の響く音に身体も心も震え一つのリズムに変わり、太鼓を叩くのが嬉しくなった。自分だけではなく太鼓を叩く友たちも、太鼓の音を聞く人達も喜んでいた。助ける人達も多くなり希望が見え始めた。
そして2011年9月19日KMF2011オープニングの舞台の上に立ち、死から立ち上がる一打を、破壊から再生の一打を、怒りから感謝への一打を、魂を込めて叩いた。太鼓を叩く学生も鳴く太鼓を聞く観客もみんな泣いた。哀しみを希望に乗り越えた美しい学生達の魂に皆が感動した。

教頭先生はこの日の感想を次のように言った。「このような大きな舞台に立てるなんて、感無量です。雄勝は、沢山の皆さんに支えられています。ありがとうございます。19日、今日は私達においては忘れられない日になりました。震災の時学生の安否を調べるためにあちこち走り回りました。19日は全生徒が無事だという事が確認できた日です。その日からちょうど6カ月が過ぎた9月19日に夢にも思わなかった、夢の舞台に学生達が立ち演奏をしました。19日は私達において‘また生きる’再生の記念日です」と。
生徒の代表者は、「希望を失っていたけど、皆さんの支えによってこの舞台に立てました。辛いこともあったけど、太鼓を叩いたり、友達と話す事がとても楽しい。こうして、韓国の歌手の方が応援してくれるのはとても嬉しいし、韓国にも行ってみたいです!」といった。
今までNPO法人日韓文化交流会とGFSCが東日本大震災復興支援プロジェクトとして支援し続けた努力が感動の花として咲いた光景であった。

翌日、9月20日雄勝生徒一行は中央区立佃中学校(佃2-3-2加藤譲司校長)を訪れ、太鼓演奏による学校との交流会を持った。佃中学校と関係を持ったのは震災後、5月に湯浅教諭が雄勝中に派遣されたのがきっかけだった。交流会ではまず、佃中の島太鼓部が2曲を演奏し、雄勝中に力強いエールを送った。これに応えて雄勝中は校訓でもある「たくましく生きよ」の文字がプリントされたTシャツを着て、「伊達の黒船太鼓」を披露した。ビニールテープではった手作りの輪太鼓の低くハリのある音色は本物の太鼓と比べて何の遜色も感じられなかった。6月から始まって練習した期間は短かったが、心と魂を入れて息の会う演奏に佃中学生達は大きな拍手を沸き起こした。閉会の際に雄勝生徒の代表は「私達は津波で校舎や家、豊かな自然を失いましたが、下ばかり向いてではなく前に向いて行こうと決心しています。また皆さんからいただいた支援に恩返しする気持ちで、太鼓を演奏し続けます」と話した。
GFSCによる東日本大震災支援活動は中長期的に継続応援することで、今後被災地の学生達に新しい環境を与えるために修学旅行を韓国へ行かせる「希望・夢 修学旅行プレゼント」プロジェクトを推進している。


KMF2011出演写真













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佃中学校訪問写真







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